義父母の反応

無事着きましたよ〜生きてます!

 

9:20に出発、途中3回休憩して

16時に到着。

前半は自力で頑張りましたが

後半、自動運転を使ってみることに。

自動運転というか追尾機能ですね。

 

これがまぁなんと楽なこと!

ハンドルについてる小さなレバーを操作して

最高速度と車間距離をセットすれば

ずーっと前の車について行ってくれるのです。

アクセルもブレーキも要りません。

ハンドルを握っていればよろしい。

 

追尾してる車が車線変更して行ったら

ウインカーを出して軽くハンドル操作するだけで

同じように車線変更してついて行けます。

ついていくのをやめれば

そのまま設定した速度で進んでいき、

別な車の追尾を始めます。

 

もー、これ神!

帰りはこれずーっと使うわ!

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(こーんな田舎です)

 

と、前置きが長くなりましたが、、

 

グレ夫が発病以来、初めての帰省です。

コロナだしグレ夫はずっと入院だし、

会えない状態で病気のことを知らせても

高齢の両親に心配をかけるだけだ、と、

義姉と相談して伝えないことを決めました。

グレ夫はずーっと話したがってたけど、、、

がまんさせていました。

ついに話せる時が来た。

 

驚かないように、

帰省の前日には話したら?

と思いましたが、

言えなかったみたいです、、、

 

義姉から言われた時間に訪ねていくと

両親は夕食中でした。

グレ夫がもたもた靴を脱いでる様子を

正面のダイニングテーブルにいた義母が

不思議そうにこちらを見ます。

 

いーちゃん、、どうしたの、、?」

いーちゃん???

後から来た義姉に聞いたところ、

いーちゃんは叔父のこと。

認知が始まってる義母は

グレ夫のことを息子と認識はしてるものの

なぜか叔父の名前で呼びかけます。

わたしのことはちゃんと

「ユウグレさん」と呼びます。

息子の嫁だって分かるみたいです。

「この人は誰?」と、

あらためて聞くと分からなくなるのですが

会話の中では自然と「ユウグレ」という名前が

出てくるのは不思議ですね、、

 

不思議そうに呼びかける義母を見て、

こちらに背を向けて座っていた義父が

振り向きます。

杖を持って肩と足に装具をつけて、

何より痩せて顔つきまで変わったグレ夫が

一瞬誰だか分からないようでした。

 

そこから病気の話が始まって、

両親食事の手が止まる。

タイミング悪かったな、、、

そのまま食べませんでした。

義母は泣き始めるし、、

 

グレ夫のやつ「あんたのせいや」などと

義母に言ってました。

義母も55歳の頃、脳梗塞を起こしています。

遺伝だ、と言いたかったようですが、、

どついてやりました。

親族にも誰か脳卒中の方がいるようです。

やっぱり家系かねぇ。

 

でも1時間ほど話すうちに

段々落ち着いてきたようで

アタマもどうもないし(てこともないけど)、

しゃべれるし、

字も書けるし歩けるし、

何より生きてて良かった!

ということになりました。

「3人で誰が一番長生きするか競争や」

とグレ夫が言いました。

そして義父に

「ユウグレさん、大変やったなぁ、、、」

と言ってもらえました。

ほんとはあんたがちゃんと見とらんかったから

グレ夫がこんなことになった!

と怒るかと思っていたのです、、、良かった。

 

あんたんとこは今まで誰も大きな病気もせず、

息子は司法試験にも受かって、

娘はスチュワーデス(笑)になって、

なんの心配も要らずに来れたんや、

みんなどこのうちも1つくらい何かあるもんや。

仕方ないこっちゃ。生きてて良かった。

 

だそうです。

いやいや、、、いろいろあったけどね、

結果を見ればたしかにそういうことかもね。

 

「おやじ、明日新しい車に乗せてやるっちゃ」

「買ったの去年の春やけどな」

「遅なったな」

義父、嬉しそうでした。

車で来た甲斐があったわ。

義母は車に乗り込めないし、

1人になると「お父さん女と出かけた!」

と騒ぐので

駐車場一周しようかな。